真田丸 キャスト・あらすじ・人物相関図と見どころ紹介!

NHKの大河ドラマ「真田丸」の観る前に知っておきたい基礎知識を紹介しています。
そもそも「真田丸」って何のこと?船の名前?人の名前?
そんなビギナーのあなたに知ってほしい「真田丸」の基礎知識。
「真田丸」の概要、あらすじ、人物相関図から、真田信繁の人物像まで、知ればドラマがより面白くなること間違いなしです。

【スポンサードリンク】

「真田丸」 番組概要

「真田丸」は、混沌の戦国時代を駆け抜けた「真田信繁」(真田幸村)の生き様と家族愛を描いたドラマです。
今日を生き抜くのに誰もが必至だったこの時代。
信州の一領主に過ぎず、大きな影響力も持たない「真田家」も、今日を生き抜くことに必死でした。
真田家は、信繁の父・真田昌幸の武略に長けた天性の感を頼りに、何とか生き延びていきます。
信繁と兄の信幸も、父親の背中を見てたくましく成長していきます。
しかし最後には、兄の信幸は徳川方に移り、弟の信繁は豊臣方へと、敵味方の関係となってしまいます。
ですが、彼らはお互い殺しあう関係となりながらも、家族を思う気持ちは変わらないのでした。
戦国時代の混乱の日々と真田家の家族愛。
「真田丸」は、真田信繁を中心とした真田家の強い絆と家族愛を描いたドラマです。

「真田丸」 あらすじ(第1話)

武田信玄(林邦史朗)の急死から9年。
武田家は絶体絶命の危機に直面していました。
側近の重臣・木曽義昌(石井愃一)の裏切り行為を発端に、織田信長(吉田剛太郎)率いる大軍勢が領内へと侵攻。
次々と牙城を崩され、武田家は風前の灯となっていました。
武田家に仕えていた真田昌幸(草刈正雄)は、自分の居城である岩櫃城に先回りし、ここで織田信長の一行を迎え討つという案を提案。
その準備のため、一足先に岩櫃城へと向かいます。
昌幸の息子、信繁(堺雅人)と信幸(大泉洋)兄弟は、武田家に待機して出発の準備を整えていたのですが、この時、武田家最後の当主・武田勝頼(平岳大)が「岩櫃城には行かず、甲斐の岩殿城へ避難する」と言ってきます。
甲斐の岩殿城へと逃げる武田家の本隊と別れ、父の待つ岩櫃城へと向かうことを決断する信繁と信幸の兄弟。
信長の大軍勢が目前に迫ってくる中、2人の兄弟は家族を守りながら、必死に道中を進むのでした。

「真田丸」 キャストと人物相関図

【真田家】
真田信繁     堺雅人
真田信幸     大泉洋
真田昌幸     草刈正雄
真田信尹     栗原英雄
薫          高畑淳子
とり        草笛光子
松        木村佳乃
こう       長野里美
きり       長澤まさみ
梅        黒木華
堀田作兵衛   藤本隆宏
高梨内記     中原丈雄
矢沢頼綱     綾田俊樹
矢沢三十郎頼  迫田孝也
小山田茂誠   高木渉
佐助       藤井隆
与八       今野浩喜

【武田家】
武田信玄     林邦史朗
武田勝頼     平岳大
室賀正武     西村雅彦
出浦昌相     寺島進
穴山梅雪     榎木孝明
跡部勝資     稲荷卓央
小山田信茂     温水洋一
小山田八左衛門  八田浩司

(人物相関図はクリックで拡大)

【北条家】
北条氏政    高嶋政伸
北条氏直    細田善彦
板部岡江雪斎 山西惇

【上杉家】
上杉景勝    遠藤憲一
直江兼続    村上信五

【織田家】
織田信長    吉田鋼太郎
織田信忠    玉置玲央
明智光秀    岩下尚史
滝川一益    段田安則

【徳川家】
徳川家康    内野聖陽
阿茶局      斉藤由貴
本多正信    近藤正臣
本多忠勝   藤岡弘、
服部半蔵    浜谷健司
石川数正    伊藤正之

「真田丸」の見どころはココ!

「真田丸」の見どころのひとつは、演技派・堺雅人さんが演じる真田信繁(幸村)の描写ですね。
真田信繁は、好奇心旺盛で行動力があり、人情も熱く、責任感の強い人物だったと言われていて、戦国の覇者・徳川家康もその存在に恐れをなしたという、伝説の武将です。
天才肌の父・昌幸と優秀な兄・信幸の背中を見ながら、時には悩んだり、苦悩したりしながら成長していく信繁。
そんな真田信繁を、堺雅人さんが演じると、どんな感じになるのか注目です。
今回のNHK大河ドラマ「真田丸」に脚本は、あの三谷幸喜さんが担当。
三谷さんは、コメディタッチの描写も得意で、センスのいい笑いを見せてくれるという印象が強いです。
なので、今回の「真田丸」も三谷流のユーモラスな演出もかなり期待できます。
そんなユーモラスなシーンが随所に登場しそうで楽しみです。
脚本を書いた三谷さんは、「笑わせるつもりはないけど、その人物が結果としてユーモラスになることもある」と答えていました。
あとはやはり、最強の巨大砦「真田丸」を作り上げるまでの、真田信繁の生き様は必見の見どころといえるでしょう。
感動あり、スペクタクルあり、ユーモアありの超娯楽的大河ドラマ「真田丸」は、見どころが満載です。

真田丸 見取り図

真田丸って何のこと?

「真田丸」とは、一言で言うと、砦(とりで)、城の名前です。
「真田丸」は、真田信繁(幸村)が、大阪城を敵の攻撃から守るために1614年(慶長19年)築き上げた巨大な防御砦で、大坂の陣の際には勝利に大貢献。
大阪夏の陣と冬の陣で、2度徳川方の侵攻を防いでいます。
「真田丸」は、大阪城の南側・平野口あたりに築かれたとされ、その広さは東西に各180㍍ほどの半円形の形をしていました。
正面と左右は堀と塀で囲み、さらにその外側には三重もの柵で囲い込むという、当時では最強の砦です。
この「真田丸」は、死守すべき大阪城とは、地形的に繋がっておらず、信繁はこの「真田丸」を”前線基地兼戦いの場所”とすることで、大阪城への侵攻の手をこちらに向けさせたのではと言われています。
当時は地形の関係で、大阪城への侵攻ルートも限られていたので、そのルートの前線で戦い、5000人ほどの兵力で、徳川方の兵力15000人を倒したという伝説も残っています。

真田丸 真田信繁

戦国時代一の兵(つわもの)・真田信繁

真田信繁とはどういった人物だったのでしょうか?
真田信繁というよりも「真田幸村」という名前の方が遥かによく知れ渡っていますが、「幸村」は通称であって、本名は「信繁」であるということです。
真田昌幸の次男として生まれた信繁は、大坂の陣で豊臣方の武将として大活躍をします。
大阪夏の陣では、3500人という少ない兵力で徳川家康の本陣まで攻めこんだという話も残っています。
そのあまりの活躍ぶりは後世にも広く語り継がれ、軍記物小説や講談などが創作されるようにもなりました。
真田十勇士というのも、その創作の中で脚色されてヒーロー的存在の武将となって今もなお語り継がれています。
信繁の性格は、忍耐強くて物静か、あまり怒ることのないタイプであったという記録がありますが、その勇敢な戦いぶりとは真逆のイメージで興味深いです。
それにしても、知れば知るほどかっこ良すぎる真田信繁。
いろいろ脚色されている部分もあるとは思いますが、もし実際に会えるならタイムスリップしてでも会いに行きたいと思ってしまいます。